成歩堂の事務所がある界隈をぼんやり眺めながら、御剣は心の中で呟いた。
――この辺りは、相変わらず変わらないな。
風景は時間の経過とともに変化があるはずだが、この辺りはあまり変化がない。
普段目まぐるしい日々を送っている御剣にとって、ここはどこか安心を象徴する場所だった。
あれから10年以上の月日が過ぎている。
成歩堂は、仕事のある街と奥方のいる倉院の里を行き来しながら
のらりくらりと人生を楽しんでいるようだ。
御剣は彼とは相変わらずの交流を続けていたが、対照的に仕事に全てを捧げて来た。
狩魔冥が文字通り、自然消滅するかのように御剣の前からいなくなり、
御剣は御剣なりに、彼女との長い年月を振り返って思った。
――恐らく私は、誰かを幸せにする力量を持っていないのだ。
あれだけ互いに理解し合えていると感じていたメイでさえ、苦悩させることしかできなかった。
酔った時に友人にそう吐露すると、友人は御剣と彼女の複雑な事情に言及し
力量ではどうにもならないことがあると御剣を諭した。
それは有り難い心遣いだったし、確かに彼女はその事情に苦しんで去って行ったのだろうと推測できる。
しかし、鵜呑みにするわけにもいかない。
複雑な事情も全て受け入れ共有した上で一緒に居ようと約束したのに、
彼女は結局、御剣にほとんどを預けてはくれなかった――それが彼女の性分であることを差し引いても。
自分の夢ばかり追いかけていた御剣だが、メイも同じものを見てくれていると信じていた。
しかし、実際は恐らく違ったのだ。
メイは今、アメリカで検事を続けている。
とっくに法廷に立てなくなった御剣と違い、彼女は法廷に立てるギリギリのポストに留まっていた。
彼女はシステムの変革やそのための出世にはどうやら興味がなく、現場に立つ道を選んだらしい。
そしてもう一つ、決定的な違いがあった。
いわゆる独身貴族の御剣とは違い、彼女には家庭がある。
――といっても、彼女は誰かと結婚しているわけではなかった。
仕事の傍ら、親を亡くした子を数人引き取って養育しているという。
それを初めて知った時、成歩堂に頼んで様子を見てきてもらった。
別れた後、彼女のためだと思って、自発的にはその消息を掴もうとはしなかったのだが、
父親と似た生き方を選んだ彼女のことを、御剣は少し心配に思ったのである。
友人は奥方と子供を連れてアメリカに行き、何枚かのスナップ写真を撮って戻ってきた。
成歩堂一緒に歓談する女性も子供たちも、行儀良さそうにしているものの、表情は悪くない。
それなりに幸せそうだったと聞いて、御剣はそれ以上彼女のことを知るのはやめた。
自分は、誰かを個人的に幸せにすることはできない。
ただ、不幸になる人を減らせるように仕事に打ち込むことができる。
それが自分の夢で、彼女はその夢を理解してくれて、恐らく、だから姿を消したのだ。
彼女のためにも――そう思って、御剣は仕事一筋に生きている。
<つづく>