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2011.11.04:裏描写までたどり着いたら裏に格納しますSSその2(2周目「春がきたら」の続き4)

「馬鹿にしないで!」
真っ赤になって固まっていた冥が、弾け飛ぶような勢いで声を荒げる。

ただ強い声とは裏腹に表情は狼狽したままだ。
そして、その身は訳のわからない接触から守るかように後ろに退いているので、そんなに気迫も感じられない。

「馬鹿になどしていない」
手の中にあった体温が急に奪われたことを感じて、御剣は少し不貞腐れながらそう答えた。
「私の気持ちが君に伝わっていないようなので、言葉と行動で示しただけだ」

「……コドモ扱いしただけじゃない」
御剣の返答を受けた冥の方も、不貞腐れた表情で溜め息をついた。

「全く私がどれだけ・・・」
息と一緒に言葉を吐きだした彼女だったが、そこで言葉が止まる。
ふと何かに気付いた様子になると、続きを口にはしなくなった。

「フム、――自覚があるのなら、話は早い」
その様子を眺めていた御剣が声をかけると、彼女の眉が一瞬だけきゅっと引き上げられた。

それを見て、男は自分の仮説が的を得ていることを確信する。
「君は先ほどから、何やら躍起になって君と私をどこかへ向かわせようとしているな」

肯定も否定もないが、冥は強く涼しげな視線を御剣にぶつけてくる。
御剣も同じ強さの視線を返しながら、はっきりとした口調でこう告げた。

「だが、私はそこに行きたくない」
それを聞いた冥の顔は視線の鋭さはあるものの、明瞭な表情が浮かんでいない。

ただ、零れ出た声は、やや力に欠けるものだった。
「どうして」

「互いの利にならないからだ」
御剣がそう応じると、冥は明らかに不満そうな様子を見せた。
「確かにメリットはないかもしれないけれど、別にいいじゃない?減るものでもないし」

あれだけ頑張っているようだったのだから、恐らく彼女には明確なメリットがある――もしくは見えているはずだ。
だが、彼女は不服を表明しつつもメリットはないと言い切った。

そこに何があるのかを考えつつ、御剣はそれよりも明らかな矛盾の方を彼女に投げかけた。
「私には、既に君の神経がすり減っているように見える」

真顔でそう伝えると、冥はまるで悪戯が露見した子供のような表情で目を伏せた。

しばらくした後、彼女は憮然としたままぼそりと呟く。
「馬鹿馬鹿しいことをいちいち考えずに、流されてしまえば良かったのよ」

開き直るところが彼女らしいと思いつつ、御剣はその言葉に応じる。
「昔のように、か」
――縋るものがほとんどなかった頃のことを、何となく思い出しながら。

「そうね」
御剣と目を合わそうとしないまま、冥は吐き捨てるように言った。

その頑なな様子を見ていると、御剣もため息混じりの声にならざるを得ない。
「そんなところだけ昔の通りでも、仕方がないだろう」

御剣が一歩分前に出ても、その先にいる冥は特に動じない。
拒絶や恐怖の対象ではない様子だと判断して、御剣は至近距離まで彼女に近付く。

上体を引き寄せてやんわりと横抱きにしても、特に抵抗はなかった。
「私が今一番望むのは、君の心身の安息だ」

「・・・なによ」
しかし御剣がそう告げると、二人の身体の間にあった左腕がぐいと御剣の胸を押す。

身体を離して御剣を見上げる目は、どちらかというと拗ねているように見えた。
「今更、保護者ぶるつもり?」

「いや――」
冥の様子が幾分素直であることに安堵しつつ、御剣は彼女にかける言葉を選ぶ。

「このまま流されてしまったら、君はきっと、私に失望するだろう。それは、困る。」
困ると言われた方が、微妙に困ったような表情を見せた。

「当分会えないのだ。その間、君の中の私の姿をできるだけ紳士的なものに留めておきたい。」
もう一度抱き寄せて、手のひらと指先で痛くない程度にとんとんと背中を叩く。

「……馬鹿の貴様らしい、馬鹿げた発想だわ」
冥は呆れたように溜め息をついた。

自分と御剣との間に腕を挟み、上体をそれで支えるような体勢をとっている。
身体を預けているようではないが、とりあえず御剣の希望を受け入れてくれるらしかった。

こっそりと顔を覗き込むと、彼女は少し不機嫌そうに目を閉じていた。
できれば安らかな顔が見たかったが、昨晩、こっそりと病室に様子を見に行った時よりは、まだましのようである。

「眠れそうならば、このまま眠りたまえ。ベッドには頃合いを見て連れていく。」
その言葉には、反応が返ってこなかった。

眠っているようではなかったが――不貞腐れているのか、その努力はしているようである。
その邪魔にならぬよう、御剣は黙ってじっとしておくことにした。

それからしばらくは、良かった。

少し前まで自分を全力で警戒し、恐らく疑心暗鬼が昂じて自棄になっているのであろう彼女が
心からの笑顔は少ないものの、素直に不貞腐れる様子を見せて強張りながらも自分の腕の中にいる。

そのことが御剣に安堵と達成感を感じさせ、満たされるような思いでいられた。
――しかし、その状態に慣れた後に困難が待ち受けていたのである。

<つづく>